【ノートの取り方】書き写すだけの行為は労力のムダ

黒板を書き写すのは勉強ではなく、ただの事務作業

たとえば古文の授業のとき、ノートに教科書の文章を丸写しして、そこに解説を書き加えていくようなことがありますよね。宿題や予習で事前に書き写してくるように言う先生もいるかもしれません。もし文章を覚えるために書いているのだとしたら、それは時間的に非効率なやり方だと言わなくてはならないでしょう。

暗記をしたいなら文章を声に出して読んだほうが楽だし、速く終わるので繰り返し練習することができます。書き写すだけの行為は時間と手間のわりには効果は低いです。なぜなら、書いているときは書くことに意識が集中してしまうからです。

書き写す作業として思い浮かぶのは「写経」ですね。そうです、お寺のお坊さんの修行の1つです。この写経、書き写したからといってお経の中身を記憶できるわけではありません。なぜなら写経の目的は頭の中で色々思い悩んでいることや思考、雑念を取り払ってスッキリさせることにあるからです。つまり写経の内容を覚えるのが目的ではないんですね。お坊さんがお経を唱えることができるのは、何度も声に出して練習しているからです。

教科書のコピーをノートに貼り付けて書く手間を省く

では書き写す手間を軽くするにはどうしたらいいでしょうか?簡単なのは教科書のコピーをノートに貼り付けて、そこに授業で説明されたことを書き込んでいけばいいのです。omatoshも国語や英語の授業で実際にこの方法をとっていました。文章を覚えるときは、声に出して何回も読むようにしていました。

書くことが効果を発揮するのは、頭の中にある英単語や公式などを本当に覚えているかをチェックするために書き出す時には有効です。人間は自分が理解していないもの、イメージできないものを書出すことはできません。だから書くという行為は自分の記憶内容の点検には向いていると言えます。

大半の生徒がマジメに書き写している時間、自分は暗記のために時間を使うことができます。ライバル達が油断しているスキをついて自分はちゃっかりと実力をつけることができれば限られた時間で有利な勝負ができます。他の皆に合わせてマジメに授業を受けなければならない、先生の言うことをすべて従う必要はないことを認識しておいてください。

まとめノートを新しく作るのも時間のムダ

まとめノートを新しく作るようなことも時間のムダです。なぜなら書くことは覚えることにつながらないし、まとめノートを作った苦労に達成感をおぼえてしまい、中身を理解するという勉強の本当の目的が果たせていないからです。文章を書き写しながら暗記できる人なんて、この世界にはほとんどいません。人間の脳は1つのことにしか集中できない仕組みなんです。同時にいろんなことをできているように思えるのは、注意を向ける対象を脳内で瞬時に切り替えているからです。暗記に集中するには、覚えることだけに意識を向ける工夫が必要です。それは書くことではありません。書くことは、「書き出す」ことであり、インプットではないんです。

omatoshはノートをキレイにまとめるかわりに教科書や問題集に赤ペンや蛍光ペンで線を引きまくっていました。教科書そのものに書き込みもしていました。そうやって自分が使いやすいようにアレンジを加えていったのです。これは歴史や地理など大量の情報を暗記するときに本当に活躍しました。自分専用の教材として教科書をアレンジし、ページに手垢がつくまで何回も読み込んだので何ページ目に何が書いてあるまで覚えてしまいました。

効率的な勉強で大事なのは、インプットとアウトプットを繰り返し行うこと、爆速コラムでも紹介しているダブルループ法インデクシング学習です。この2つこそ、爆速で大量暗記を可能にする、受験で勝つための作戦なんですよ。