エビングハウスの忘却曲線 誤解と本当の意味

エビングハウスの忘却曲線に対する世間一般の誤解

有名なエビングハウスの忘却曲線。19世紀ドイツの心理学者のヘルマン・エビングハウスが行った記憶に関する実験で分かった結果を表したグラフですが、世間一般には大きく誤解をされています。その誤解の内容とは何でしょうか?

それは、忘却曲線が人間の記憶の「忘れやすさ」を示しているというものです。

たしかにインターネットで検索すると、忘却曲線のグラフに「覚えている%」などのように表記されており、「1日後には66%覚えたことを忘れている」というコメントがついている画像がたくさん登場しますね。皆さんも次のような画像を見たことがあるのではないでしょうか?

このグラフでは、縦軸の%が「覚えている記憶の割合」を表現していますが、これが大きな間違いです。さらに復習を1日後、3日後にくり返せば記憶が忘れにくくなるというコメントも載せて、ギザギザした波のような形のグラフをつける場合もあります。復習すること自体は勉強の王道ですが、エビングハウスが実験をした時にそこまでの結論を出したということは、実は分かっていません。受験関係者の間でずいぶん誤解されている忘却曲線の現状を見るにつけて、間違いを正す内容のコラムを書かねばと勝手に思うようになってきました….

このコラムを読めば、エビングハウスの忘却曲線と人間の記憶の仕組みのついて次のことが分かります。

  • 忘却曲線の何が誤解されているのか?
  • エビングハウスが行った実験の内容について
  • 人間の記憶の仕組みにしたがえば反復学習こそが王道だということ

忘却曲線は「忘れやすさ」を示したグラフではない

世間一般に広まっているエビングハウスの忘却曲線の説明によれば、人間は1時間後には覚えたことの56%を忘れてしまうことになります。インターネット上にある多くの記事やブログを見ても、同じようなことが書いてあり、グラフの縦軸を「記憶の残っている量」として表現しています。

そんなことを言われても私たちの日常の感覚とかけ離れているので違和感を覚えます。もしこれが本当なら昼間に考えた夕飯の献立を、夕方にスーパーで買い物している間に忘れてしまうことになります。そんなことが毎日起こっていたらまともな生活ができません。おそらく元ネタの情報が間違っていることに気づかずに参考にしてしまったのでしょう。

確かに人間は忘れる生き物です。昨日初めて会った人の名前が思い出せなかったり、昼食で何を食べたかを忘れてしまうことは誰にでもあります。その一方で私たちは、面白い映画のストーリーならば忘れずにずっと覚えていられることだってできてしまいます。もし世間で広く流布している忘却曲線の説明が本当ならば、すごく面白いと思った映画のことすら1日後にはほぼ忘れ去ってしまうことになります。

忘却曲線の元になったエビングハウスの実験には、どうも何か偏りがありそうです。その根拠は置き去りにされてグラフの形だけが独り歩きしているような気がするのは私だけでしょうか?ここで一度、そもそもエビングハウスの行った実験の中身とは何だったのかを確認しておきましょう。

本当の忘却曲線は記憶の節約率を表したグラフ

エビングハウスの忘却曲線が人間の記憶に着目したものであることは本当なのでしょうが、「忘れやすさを示した実験ではない」ことを理解するために、実験の内容を正しく知っておきましょう。

心理学者エビングハウスさんは「子音・母音・子音」から成り立つ無意味な音節(rit, pek, tas, …etc)をリストアップして実験の参加者に覚えさせました。つまり覚えさせられる側の人にとっては何の意味もなければ興味もわかない、そんな情報をいくつも暗記させられるという内容だったわけですね。日本語におきかえて考えると次のような「文字の羅列を5分で10個覚えろ」と言われているようなものです。

「ろとむ」「いぽさ」「ことぼ」「てぎち」「ぷあく」
「てひめ」「なろけ」「ちやへ」「るせも」「にぐお」

なんだか勉強の嫌いな子供がテスト前の一夜漬けで興味のない科目をひたすら暗記している姿と似ていますね。
エビングハウスの実験はあくまでこうした無意味な情報を覚えるという内容だったので、好きな人のことやお気に入りの映画など私たちが「興味のある、しりたい!」と思えるような情報は対象では無かったということがわかりました。それなら確かに1時間もすれば思い出しにくくなるのもうなづけます。

さて、エビングハウスは実験の後で1時間、1日と時間をあけて、記憶の再生率を調べることで忘却曲線を発見しました。再生というのは、もう一度同じことを覚えなおすということです。さきほど挙げた「ろとむ」や「てひめ」などの、あの無意味な文字をまた暗記するわけですね。

この記憶の再生にかかる負担の違いについて説明したのが「節約率」です。ちょっと分かりにくい言葉ですね。一体どういう意味なのでしょうか?

例えば、最初に「いぽさ」などの文字を全部覚えるまでに10分かかり、1時間後に覚えなおすと約7分かかったとします。この場合、最初の10分に対して3分短縮(節約)できたことになりますね。この「節約できた時間や回数」と「1回目の記憶に必要だった時間や回数」を比べた比率のことを「節約率」と言います。

(節約率)
=(節約された時間または回数)÷(1回目に必要だった時間または回数)

(節約された時間または回数)
=(1回目に必要だった時間または回数)-(覚え直すのに要した時間または回数)

ある程度時間をおいてから再び記憶するまでにかかる手間をどれだけ節約できたか?ということを表すのが節約率です。

誤解してはいけないのは、忘却曲線は節約率を表しているだけで、記憶量をどれだけ残っているかを示しているわけではないということです。100年以上も前の実験ですから現代のような脳の研究に使う機器もありません。実験の参加者にエビングハウスさんが質問をしたり、ペーパーテストをやらせたりして節約率を出したのではないのかと私は想像しています。

いずれにせよ、とても限定的な状況で生まれたのが忘却曲線のグラフだということを納得いただけると思います。なぜか世間一般に流布している忘却曲線のグラフでは節約率を「覚えている%」と言い換えてしまい、元の実験の中身は置いてけぼりなので、私たちの実感にそぐわない説明になっていますが….

エビングハウスの忘却曲線は短期記憶についての実験だった?

エビングハウスの忘却曲線で注意すべきことは、意味のない情報の記憶についての実験だということです。実験のポイントは「節約率」であり、記憶がどれくらい定着しているか、1日たったらどれくらい覚えたことを忘れてしまうのか等の「忘れやすさ」について分析したわけではありません。

どうでもいい事は1日たてば、すぐに忘れてしまうものです。人間の脳にとって「忘れる」機能はとても重要です。もし脳に入ってきた情報をすべてコンピュータのように記憶していたら、逆に混乱してしまいます。脳科学の分野では記憶は「短期記憶」と「長期記憶」の2種類に分けられます。短期記憶にある情報はすぐに忘れ去られてしまいます。ですから受験勉強などをがんばる人たちにとっては、どれだけ長期記憶のほうに情報をたくさん蓄積していくかが勝負の分かれ目になります。

私の想像ですが、エビングハウスの行った実験は「短期記憶」のほうだけを観察した内容になっていて、長期記憶のほうは無視した結果になっていたのではないかと思います。長期記憶ならば1日や3日たってもちゃんと覚えているので、そもそも覚え直す必要がないので忘却曲線のグラフにあらわれているような節約率にはならないと思うからです。覚え直す手間=節約率=100%ならばグラフは横にまっすぐ伸びていく形になりますから。

記憶をコントロールしているのは海馬(かいば)と呼ばれる部分です。海馬は脳が受け取った情報を長期記憶に移して保管するか、要らないと判断して忘れるかを決める仕分け人としての重要な役割を持っています。そして、海馬が情報を重要かどうかを判断する基準が「それが自分が生きていくために必要かどうか?」というものです。つまり「ろとむ」や「なろけ」みたいな無意味な文字をいくら覚えたところで「そんなものはどうでもいい。生きていくために必要ないじゃん!」と海馬は判断し、どんどん忘れようとするわけですね。

海馬はこうして要らないものを捨てて、短期記憶の中身を日々入れかえながら人間の生活を支えています。エビングハウスの実験の参加者についても、覚えた文字の羅列はまず海馬が一時的に保管しました。そして彼らの海馬は「これは別にどうでもいい」と判断して長期記憶には移しませんでした。日数を経るほど短期記憶の情報は減っていくので、忘却曲線のグラフでは日数がたつほど節約率が下がる=覚え直しの手間が増えるという結果になったと言えるのではないでしょうか。

反復こそが勉強の王道 1回目より2回目のほうが覚えるのが楽

ここまでで、記憶をコントロールする海馬についても紹介しながら、エビングハウスの忘却曲線は私たちが期待するような効率的な記憶術まで説明していないことをお伝えしてきました。できるだけ多くの情報を効率的に記憶したい人、テストで良い点を取りたい人にとっては海馬の機能をよく知っておくことが、忘却曲線のグラフよりも良い教訓が得られそうです。

どうすれば海馬を上手に使って、長期記憶にたくさん情報を詰め込むことが可能になるでしょうか?

それは同じ情報を何度もインプットし続けることです。海馬は何回も同じ情報が入ってくると「こんなに頻繁に入ってくる情報なんだから重要に違いない」と思って長期記憶のほうへ移してくれるようになります。インプットに加えて、実際にそれを使って問題を解いたり、人に説明したりすることで記憶はより強く鮮明になっていきます。その良い例が自宅の住所や電話番号です。これらの文字そのものに特に意味はありませんが、何かの書類に記入したり、人に伝えたりしているうちに自然と暗記していますよね。

実は海馬が情報を一時的に保存しておく期間は、約30日間だということが分かっています。30日を過ぎると短期記憶の中から放り出されて忘れ去ってしまうわけです。最初に覚えた時から30日以内に何度もくり返し同じ情報をインプットし続けることが、長期記憶を作るときの超重要ポイントになります。

*海馬を上手く利用して長期記憶を効率的につくる勉強法について紹介したコラムはこちら
勉強するなら知っておきたい 短期記憶と長期記憶の仕組みについて

ここで再び忘却曲線のグラフを思い出してみましょう。このグラフから1つだけ教訓を得るとしたら、「1日後に復習すれば、1回目に記憶したときの約66%の手間(時間や回数)で再び覚えなおすことができる」ということです。シンプルに言うと1回目より2回目のほうが覚えるのにかかる手間が少ないということです。

長期記憶を効率的に増やしたい人は、それを最初に習った日のうちに必ず復習しましょう。記憶しなおす手間を節約して効果的な反復学習ができるからです。さらに1日後、3日後と時間をおかずに何度も復習すれば、海馬に「これは大事な情報だ」と思ってもらうまでの負担が少なくてすむ、つまり効率的に記憶量を増やして良い成果を出すことにつながります。

逆に考えると、初めて勉強したときから30日以上たって復習しても短期記憶にはほとんど情報が残ってないので始めからやり直すのと同じくらいの手間がかかることになります。中学校や高校の定期テストで一夜漬けで暗記して受ける人がいますが、授業で習った時から一度も復習しないでテスト前日に勉強するのはもう一度最初からやり直しているのと同じことなので、非効率的きわまりない方法と言えます。

脳の記憶の仕組みを理解していれば、日頃から復習をくり返しやるほうが全体的な負荷は少ないことに気づけるはずです。また、一夜漬けのテスト後に復習することはまず無いので、せっかく暗記したことも短期記憶のまま30日後には忘れ去られることになります。これでは「勉強するだけムダ」ですね。

以上のように、エビングハウスの忘却曲線のグラフと合わせて脳の海馬がコントロールしている記憶の仕組みを理解しておけば、反復学習を日頃から継続することが勉強の王道だということがお分かりいただけるでしょう。記憶力の良い人、悪い人の違いも結局は脳の使い方がうまくできているかどうかの違いでしかありません。脳の仕組み・構造はすべての人に共通ですから、地道な反復をできる人が勉強でも成果を出せるのですね。